日本人・「考えておきます」って言ったら、答えはいつかって聞かれた。
外国人・考えておきますって言われて、その後何も起きないのはどうして?
これも日本人同士であれば「あるある」、ある意味限りなく「断り」に近い。
京都など古い文化が根付いているところでは、これは「ノー」の意味していると
(京都の方、今は違うかも知れませんね・・・御免なさい)
言いますが、決して前向きな応対ではないはずですよね。
この例も日本人同士なら、あ〜無理だなと思いますが、外国人には理解不能です。
日本人・「考えておきます」って言ったら、答えはいつかって聞かれた。
外国人・考えておきますって言われて、その後何も起きないのはどうして?
これも日本人同士であれば「あるある」、ある意味限りなく「断り」に近い。
京都など古い文化が根付いているところでは、これは「ノー」の意味していると
(京都の方、今は違うかも知れませんね・・・御免なさい)
言いますが、決して前向きな応対ではないはずですよね。
この例も日本人同士なら、あ〜無理だなと思いますが、外国人には理解不能です。
日本人・「私の愚妻」って紹介したら、気まずい雰囲気になった。
外国人・日本人て自分の家族のこと、どういう風に考えているんだろう・・・。
これも日本人同士であれば、「あるある」ですよね。
本音と建前というか、そこは日本人同士、笑って済んでしまうことですが、
こと海外の人にはこれは全く通用しないということを覚えていた方がいいと思います。
思いと言葉が一致しないのが、日本人の「謙遜」と言う価値のメカニズム。
この考え方は欧米の方には通用しないこと覚えておいて下さいね。
私の知り合いの方が本を出しているので、興味深いものをいくつか紹介します。
海外の人と仕事をしたことがある人は「ドキッ」とされるのではと思います。
そんな海外の人にクスっとされてしまうそんなお話です。
日本人・列車にお辞儀をしてたら写真を撮られた。
外国人・最も日本人的なイメージ、それがお辞儀なんだけど。
最も多くの外国人が、日本人をイメージするときに思い浮かべることが「お辞儀」
実際、日本人でも握手はするし、軽いカジュアルな挨拶もしますが、
あの深々と頭を下げるイメージが欧米に定着していることは確かですよね。
「列車ってそんなに偉いの?」
まぁ当たり前、日本人は列車に頭を下げているではないと言うのは日本人であれば
理解できますが、外国人には妙な光景に写ってしまうのでしょうね。