Jworks Surf-T Sandyのブログ 

サーフィンや自然に関する事、ティシャツのこと、日々のこと。

大切な忘れ物。

自分で書いた「南の島のこと」で思い出した本が一冊。


今日仕事の休憩中に、それの一節を読み返して見て、ハタと思い出したことが・・・。


「素の自分」になれているのだろうか、「素」という言葉がこの際適当かどうか?


であれば、「本当の自分」に置き換えても。


これだけでは、あまりにも抽象的・・・ですよね。


僕もそうなのですが、どうも他人の考えに依存しすぎているような気がするのです。


例えば、「他人に迷惑をかけることはいけない」


これは僕が幼い頃から、両親に言われ続けていたこと。


これ、ある意味洗脳に近いもので刷り込まれている。


「正しいこと」、「間違っていること」、


果たして自分の心が理解して、判断していることなのか?


ただ単に「正しい」「間違っている」というレッテルを貼っているだけ?


何を根拠にそう判断しているのだろうか?


常識だから?、みんながそう言うから?、今ままでの慣習だから?


誰かの?、年上の人?、昔の人の決定?、


をそのまま鵜呑みにしている気がしてならない。


自分自身の理解のもとに


何が「正しい」のか、何が「間違っている」のかを判断していない。


重要な事柄ほどこの傾向が強くなる気がする。


「国家による戦争(殺人)は正当化される」みたいなこと。


ま、これは極端な例であり話が少し大きくなりすぎるので・・・。


身近かな問題で言えば、「いじめ」「不祥事続きの企業」


これを考えていただければ、すぐにわかると思います。



今までの固定観念や常識なんて、所詮他人が作り出したもの。


大切なのは、


それを見て、聞いて、自分がどう理解し判断し行動するのか? だと思うんです。


これができないでいると、物事がどんどん複雑になってしまい、


そして本当の自分(心)との乖離がどんどん広がっていってしまう。




便利になって、一見楽しそうな世の中、


巷では、そろそろクリスマスや正月のこと。


ただ本当に大切なのは、僕らの「心」であり、「自分自身」だと思うんです。


大切な忘れ物・・・・そんな年の瀬です。














南の島のこと・2

昨日の続き。


この島の人口は2千人程度、周囲は車で20分程度で回れてしまうので、


大きさはラロトンガ島の半分程度かな?。


島にはグローサリーストアー(雑貨や食品も売っている)も一軒ほどしかなく、


宿も一軒程度、ホテルと呼ぶにはほど遠い。


当然レンタカーなどなく、そのへんのおじさんに交渉して一日幾らかで借りた。


ま、不便な島だけれど、なぁ〜んかいい感じ。


少し散策でもと、フラフラしていると、木陰で


昼間からジィーさんが何本か弦の切れたギターを弾いて歌っている。


「そこの若いの、なんか一曲弾いてくれや!」とそのじーちゃん。
(と言っていたとおもう??)


「え? 僕のこと?」あたりを見渡しても僕しかいない。


当時僕は45才程度、彼に比べらた若い?か。


ギターは若い時(本当に若い時)にやっていたので、思い出しながら、


二人で熱唱・・・そのじーちゃんは当然日本語なんかわからない。


僕も現地の言葉はわからない・・・


公用語は一応英語となってはいるものの、じーちゃんは多分マオリ語。


そんな言語知る由も無い。


でも、じーちゃんは適当に曲に合わせて歌っている、適当なリズムと適当な詩で。


音楽は国境を超え、言葉を超え、意思疎通ができるんだなぁ〜と改めて。


スケベ根性で始めた楽器がこんなところで役に立つなんて。


「芸は身を助く」か?


ひとしきり二人で歌った後、バケツからおもむろに取り出してきたのが、


「今朝取ってきたてのタコだから持って帰って食べろ」との仕草。


「ひぇ〜、まだ生きてるぅ〜!」バケツの中で動めいている。


ありがたく頂戴し、お辞儀をして別れる。


宿に戻って宿の方と食べましたが、美味しかったぁ〜!



ま、こんなのんびりしている島、


食べるものも、僕らが住んでいる日本や他の諸外国と違い、


その日食べる分だけ取って食べる、ひなが一日ギターを弾いて歌ったり、


誰かと喋ってたり、それが彼らの当たり前。


夜になって一人だったのもあって、散歩でもと思い立ち、またフラフラと。


街灯なんかありゃしない・・・真っ暗・・・島が小さい分海岸線が近い。


また火山で隆起した島だから海岸ではなく、島の周りは切り立った岩が多い。


外は、風の音と岩肌に打ち付ける波の音だけ。


波の音がすごい・・・日本で言えば台風なみの波の音、やはり外洋のせいだろう。


お〜こわっと思いつつ、


空を見上げると満点の星とMilkyway・・・こんなに綺麗なのぉ〜!


流れ星も、そりゃしょっちゅう流れてる・・・。


日本の山から見る星も綺麗だけど、多分それ以上、


言葉では表現できない・・・。


人間て感動すると、鳥肌が立つけど、それ立ちっぱなし・・・でした。


数十分見ていて全く飽きることがない・・・・(首痛っ)



地球上では我々の文明とは真逆の環境の中で生活し生きている人々がいる。


今日でさえ、まるで文明とは決別したような南海の孤島。


自然に対して余計なことなどしない・・・ある意味その日暮らし。


僕らは便利な生活を享受しているけど、


何か大切なことを置き忘れてしまったのでは・・・?。


生活するために、生きて行くために


日々のストレスに耐え、心が壊れて行くのにも気づかぬほどに、


疲れてきってしまっている。


隣の芝は青く見える?・・・いや、そうではない気がする。


ただ、こういった環境や生活もあるということも覚えておいて欲しいと思うのです。


生き方は決して一つではないということ。




そしてあなたを救ってくれるのはただ一人、あなた自身だということも。


                                                                              南海の孤島の住人より。



PS
なんかテーマと違った文末になってしまった・・・??
結局何が言いたいの? 続きは明日へ・・・。




南の島のこと・1

今回は少し長くなるので、2日程度に分けます。




じーちゃん先生のブログに「星空」のことが記事になっていて、


思い出したのが、クック諸島のメインランド「ラロトンガ島」と、
(戦場のメリークリスマスのロケ地だそうです)


そこからセスナで40分程度の小さな「マンガイア島」のこと。


以前ブログで書いたような、そうでないような・・・ま、いいか。


場所は、日本からの直行便はなく一旦ニュージーランドのオークランドまで行って


乗り換え、また飛行機で4時間程度の島、こんな島にも国際空港があるのです。


今でも就航しているのかな? ジャンボ・747も離発着できる。


飛行機に乗っている時間が約15時間、いやぁ〜遠い・・・お尻が痛い。


2時間程度のトランジットも含めると、17時間・・・。


この時代ヨーロッパまで直行便で11時間程度なのにぃ〜遠すぎる。


そんな話はさておき、位置的にはタヒチとそれほど変わらず、


周囲は約30Kmほどで車で40分程度で一周できてしまう、そんな小さな島。


人口も約1万人程度。


島を循環する公共のバスも走っていて、行き先表示が「ClockwiseとAnti-Clockwise」


時計回りと反時計回りの2路線だけ、なんと単純なこと。


島民はポリネシアン、ニュージーやハワイと同じ。


この島は意外と便利で都会的なホテルがあったり、小洒落た食事も楽しめる。


この島からまた飛行機(セスナ)で40分程度の島、マンガイア島。


南海の孤島っていう雰囲気。


空港も僕らが空港と呼んでいるものとは程遠い、


空港ターミナルは、トタンの掘っ立て小屋。


滑走路の脇・両端は断崖・・・オーバーランしたら・・・??、やばっ!


空港から街?まで車で5分程度、当然アスファルトなんて敷いていないですよ。


トラックの荷台に乗って揺られる(なんてもんじゃ無い・・突き上げる)こと5分。


この島には公共のバスもなければ、住んでいる人もまばら・・・


                           明日へ続く・・・・